2008年11月6日木曜日

スローなユビキタスライフの実践

【本稿は2007-06-12記】

先日、最近の生活や活動について、「スローなユビキタスライフの実践:HI グラウンドデザイナーのライフスタイル」というお話してまいりました。 このブログで、このことの分かち合いが出来れば幸いです。

【お話の概要】
 北八ヶ岳山麓の南佐久にて、M-SAKUネットワークスの居を構え、インターネットやモバイル環境を利活用しながら、地域でのエコな生活と時々都会にでかけるといったスローなユビキタスライフを楽しんでいます。

 その中で、生活体験に根ざした「HI総合デザイナー(HI Ground Designer)」の必要性を説き、様々な社会的コンテクストと技術的コンテクストを結びつけるために、学際的方法論による総合アートと知識のユビキタスなネットワーク(Multidisciplinary - Sougou Art & Knowledge Ubiquitous Networks)活動を実践しています。

 具体例のひとつとして、情報通信会社や経済産業省などに関する、ブロードバンド・ユビキタス関連や地域情報関連のR&D研究企画、サービス企画、ビジネス戦略策定の支援など、およそ25プロジェクトにわたる研究開発ビジネスの企画・戦略活動に参画してまいりました。

 また、地域医療のメッカである佐久地域における地域医療・総合診療や心療内科にかかわっている若手医師たちの諸活動を支援するためのネットワーク(Medical - SAKU Networks)活動も進めています。

 そうして、これらの活動の体験を、次代を担う方々と分かち合うために、技術と文化に関するテーマで、大学での授業などを10数年にわたって行うと共に、地元の有機農家のネットワークに参加したり、母乳育児で子育て中の主婦の方々との人間の成長に関する集いを継続するなどの、人の成長と総合化にかかわるネットワーク活動も進めています。

(なお、諸活動の考え方のひとつが、大学受験のための「小論文:21世紀を生きる」、現代社会の本質に迫る48編のアンソロジー、21世紀の諸問題の論点と問題点が明らかに、のひとつとして選ばれています。)

 今回の講演では、これらの諸活動の概要をご紹介すると共に、HIグラウンド・デザイナーのための具体的なメソドロジーや人の発達や意識の変容にかかわる体験についても、分かち合いをさせて頂ければ幸いです。

 なお、M-SAKU のもうひとつの意味は、皆さん(M)と佐久(SAKU)を結ぶことでもあります。これを機会に、ご一緒にHIグラウンド・デザイナーのコンセプトを育てて頂ければ、うれしく思います。

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(以下に、当日の講演のレポートが出ていましたの、引用させて頂きました。) 5月16日のIECPセミナーでは、遠藤隆也氏を講師に迎え「スローなユビキタスライフの実践:HIグラウンドデザイナーのライフスタイル」と題して講演が行われた。

 遠藤氏は、NTTヒューマンインタフェース研究所、NTTアドバンステクノロジ株式会社、HITセンタ等で、ディジタルネットワーク、マルチメディア、ヒューマンインタフェース等の研究に携わった後、長野県の南佐久に居を移し、M-SAKUネットワークス代表として、またHI総合デザイナー(この概念については後述)として活動されている。活動の範囲は非常に幅広く、大手通信会社や経済産業省のプロジェクトにおけるブロードバンド・ユビキタス関連や地域情報関連のR&D研究企画・サービス企画・ビジネス戦略策定の支援、技術と文化をテーマとした大学での講義のほか、地元における地域医療活動の支援、有機農産物の生産者と消費者をつなぐネットワーク、母乳育児に関するNPO活動の支援などにもかかわっている。

 ここまで聞くと多忙な毎日なのでは、と想像してしまうが、実際には、八ヶ岳と雲を眺めながら地球の自転を実感したり、畑仕事や裏山を散策しながら戦略を練ったり、温泉に入りながら仕事の連絡を取ったりという、とてもゆったりとした生活を送られているそうである。

 このスローでエコな生活[1]を支えているのが、インターネットとモバイルを利用した、どこでもつながるユビキタス環境である。具体的には、M-SAKUネットワークスの本拠地である自宅周辺は無線LANでつなぎ、外出先ではFOMAを使い、Gメールやブログも活用している。そして、ときどき東京に出かけて仕事をされているということである。ちなみに、最寄りの佐久平駅から東京駅まで、新幹線で約1時間20分であり、東京駅近辺で仕事をするには横須賀に住んでいたときよりも便利になったという話であった。


HIグラウンドデザインというコンセプト

 HI総合デザイナー(HI Ground Designer)というのは、遠藤氏が提唱する新しい概念である。Hは人(Human)、Iは情報(Information)を意味し、「総合」という意味を表現するために「グラウンド(Ground)」という言葉を用いたという。国や企業、グループで仕事をしていて何かが足りないというとき、総合的にものを見る見方が欠けていることが多い。「HIグラウンドデザイン」は、人や情報などを総合的にとらえて戦略デザインしていくという意味だそうである。 

 では、具体的にどういう活動をされているのだろうか。遠藤氏の話から拾うと、たとえば、「地域医療」という人と地域と医療を総合的にとらえる方法論の課題である。総合診療や心と身体を総合的にとらえる心療内科の医師として、地域のユーザーに必要なものは何かと考えることを支援する。医師としての仕事、村の中の専門家としての役割、家族的なかかわり、近所のおばさん的要素……などと並べていくと、そこで医師たちは、医療として、学校で学んだ知識そのものではない部分がこんなにたくさんあるということに気づくそうである。また、医療が細分化され、臓器の数だけ学会があるといわれているなかで、一人の人間を総合的に診るとはどういうことかを考える。すなわち、医者とは何かという基本を伝える作業を支援することでもあると遠藤氏はいう。 

 また、日本学術振興会の5年間にわたる研究プロジェクト、未来開拓学術研究推進事業「電子社会システム」では学際的研究の運営委員を務め、経済、工学、法学、政治、哲学・倫理など、各界の研究者たちの意見の取りまとめの支援にあたった。経済学者は経済の見方だけ、法学者は法だけというように、それぞれの専門分野のテーマだけに関心が向きがちで、それらがどうつながって社会に影響を与えていくのかが見えていないことも多い。そこをグラウンドという視点で見ると、たくさんの課題が見えてくる。そこで、各分野のキーワードを列挙して一つひとつを連携させ、それぞれが相互にどう関連するのか、総合リファレンスの絵を描いてみせることで、論点を明らかにしていったそうである。


情報についての小さな気づき

 南佐久で暮らし始めて遠藤氏が気づいたことの一つが、リアルな現実の豊かさとそこで情報が持つ意味だという。たとえば、次のような事例である。

 近所の有機農家では年1回収穫祭が行われ、生産者、販売店、消費者が一緒になって、トウモロコシやジャガイモの収穫に汗を流している。また、有機農家から毎週届けられる野菜には「畑のつぶやき」というメッセージカードが添えられ、その野菜がどうやって育ったかが消費者に伝わるようになっている。こういった体験を伴う情報、生産者と消費者をつなぐための情報は、同じ生産履歴でも、食の安全について責任を追及しようという今のRFIDの方向とは違うのではないか。また、農作物の一部は「町の駅」で販売されている。いわゆる「地産地消」であるが、「情報の地産地消」ができれば、もっと地域は豊かになるのではないか。

 佐久は地域医療のメッカである。健康についての情報を伝えるために、町では年に1度「福祉と健康のつどい」、また佐久総合病院では、「病院祭」を開催している。地域ケアや介護、子育てにかかわる地域の住民やNPOも参加し、今年のテーマを何にするかを話し合う。プライマリヘルスケア(第一線医学)の大切さを、高齢者を含めた地域の人たちにどう伝えるのか。屋台を出したり、展示に工夫を凝らしたり、医師や看護師たちが踊ったりと、知恵を絞って準備する。こういったことを全部ホームページで表現できるだろうか。またネットに載せたとしても、住民に伝わるだろうか。情報は伝えるだけでなく、お互いが分かち合い、活動として実践されなければならない。

 佐久穂町の住民には各家庭に災害用無線機が配布され、災害のときだけでなく、「山のほうで熊がでたから注意しましょう」とか「○○地区にいま高齢者向けのセールスが入っていますので注意しましょう」といった情報も、リアルタイムで聞こえてくる。そこには何か、忘れてしまっていた人々の生活に根ざした「今ここ情報」の伝え方といったものがある。


小さな気づきが社会を変えるムーブメントに

 講演の中で遠藤氏が繰り返し強調していたのは、「小さな気づきの大切さ」である。 これは遠藤氏がアラン・ケイ氏から直接聞いた話だそうだが、メインフレームの時代にパーソナルコンピュータの概念を提唱したときは、「あんなものをパーソナルで使うことなどありえない」と酷評されたそうである。しかし、その発想を持ち続けて研究を積み重ねていったことで、さまざまなイノベーションが生まれ、パソコンは身近な技術となって社会的に認知され、いまや社会自体を大きく変えようとしている。電子メール、ユビキタス、Web2.0も、最初はそのような小さな気づきから始まったのだという。遠藤氏自身も、40年以上も前の、まだパソコンのなかった時代に、さまざまな思いを持って研究所に入ってきた技術者たちと一緒に考え、それを徹底していった結果が今の世の中を動かしていることを目の当たりにしてきた経験から、いかにコンセプトや考え方、小さな気づきが大切かを実感したそうである。そして、それが人の発達や意識の変容につながっていったいくつもの体験をし、共に今を生きていることの喜びを感じたそうである。

 ビジネスの世界では現象が次々と起きて伝播・感染していくが、その底には必ずきっかけ、オリジンとなる小さな思いや発想があるはずだ。遠藤氏はこれを「現象のアイスバーグ構造」と呼び、「これからの技術者は、表層に出ている現象を追いかけるだけではいけない。大事なのはその底流にある小さな気づきを継続することだ」と述べた。

 講演の後半では、遠藤氏がこれまでかかわってきたさまざまなプロジェクトや委員会活動を振り返って、どういう小さな気づきがあったのか、そしてその気づきを他のメンバーと共有して成果としていくための方法論(例えば、R&Dのためのシナリオに基づくビジネス戦略:SBBS_rad)についても話があった。詳細は割愛するが、いくつかキーワードを拾ってみると、「わかる」から「わかり合える」へ、総合智とは何か、ミクロとマクロ、人工物が人間に対して与える影響への責任、人と情報と技術と社会の調和のとれた発展など、いずれも遠藤氏のいう総合アートにかかわるテーマである。


スローなユビキタスライフのために

 講演の冒頭、セミナーの参加者から、「ユビキタスになってどこでもつながるようになると、かえって慌しい。どこにいてもスローにはなれないのではないか」という率直な疑問が聞かれた。

 ご存知のように、講演のタイトルにある「スローなユビキタスライフ」は、情報アクセシビリティやユニバーサルデザインについて研究されている関根千佳氏(株式会社ユーディット代表取締役社長)の著書『スローなユビキタスライフ』[2]から借りてきたものである。この小説は、社会にユビキタスの行き渡った2010年代、老夫婦や引きこもりの少年が地方の温泉町にやってきて、地域の人々や情報技術の助けを借りながら生きがいを見出していく物語で、そこには、情報技術が人と人をつなぐだけでなく、人と自然をつないで人々を支えている様子が描かれている。つながるとはどういうことか、人間が尊厳を持って暮らすための情報技術とは何かなどについて、あらためて考えさせてくれる。

 遠藤氏も、「ユビキタスとは地球も人間も含めたまわりの環境すべてとつながっているということに気づいていくことだ」と述べていた。近代化、情報化が忘れてきたもの、専門化、分業化などによって心と身体も環境もわかれていくライフスタイルを、総合的に全うする生き方へと意識的につなげていく必要がある。人間が人間らしく生きるために、情報技術とどう付き合っていけばいいのか。講演には、その気づきを得るためのヒントがたくさんあったように感じた。 (レポート/C.H.)

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[1] エコな生活:遠藤氏のご自宅は唐松でできた高断熱の省エネ住宅で、しかも屋根には太陽光発電パネルが埋め込まれている。佐久地域は晴天率が高く、余剰電力を中部電力に売電されているほどだそうである。

[2] 関根千佳[2005]『スローなユビキタスライフ』地湧社。ちなみに、この本は、遠藤氏も研究運営委員としてかかわった文部科学省の「やおよろずプロジェクト」(平成14-16年度科学技術振興調整費、先導的研究「横断的科学によるユビキタス情報社会の研究」)の成果の一つとして生まれたものである。

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